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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)4480号 判決 1979年5月18日

原告 馬野孝

原告 馬野ミツ子

右訴訟代理人弁護士 大野康平

同 高島照夫

同 松丸正

同 松村和宜

同 中川泰夫

同 大野町子

同 三木俊博

被告 泉南市

右代表者市長 稲留照雄

右訴訟代理人弁護士 阿部甚吉

同 阿部泰章

同 谷池洋

被告 大正不動産株式会社

右代表者代表取締役 阿形邦三

右訴訟代理人弁護士 赤木淳

主文

一、被告大正不動産株式会社は原告らに対し、各金四八四万二七九七円と、うち各金四四四万二七九七円に対する昭和五一年四月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らの被告大正不動産株式会社に対するその余の請求及び被告泉南市に対する請求を棄却する。

三、訴訟費用は、原告らに生じた費用の三分の二を被告大正不動産株式会社の負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告泉南市に生じた費用を原告らの負担とする。

四、この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1、被告らは各自原告らに対し、各金一五二四万四五〇〇円と、うち各金一四二四万四五〇〇円に対する昭和五一年四月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告らの負担とする。

3、仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

1、原告らの請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1、事故の発生

原告らの次男明(当時四才)は、昭和五一年四月八日午後五時ころ泉南市信達市場八九五番一に所在する通称中の池(以下本件池という)の西岸堤塘より池の中に転落して死亡した。

2、本件池及びその周辺の状況

(1) 被告大正不動産株式会社(以下被告会社という)は本件池西岸のコンクリート擁壁、堤塘及びその西方に隣接する造成地(以下本件造成地という)を所有、占有し、その範囲は別紙図面(二)表示の斜線部分である。

被告泉南市は本件底地の所有者であり、その範囲は別紙図面(二)表示の「中之池」の部分と①③⑤部分である。

(2) 本件池の周囲は都市のスプロール現象の進行の中で居宅が建ち並び、池の西方には被告会社が整地した本件造成地が隣接し、さらにその西方には居宅が密集し(本件池から約一五〇米西方に原告方がある)、東側一帯南東方には分譲団地が広がっている。本件池と造成地は都市計画法上市街化区域の第二種住居専用地域に指定されている。

(3) 本件池は宅地造成前は従来農業用灌漑用水池として利用され、水際は徐々に深くなっており、水辺には草が生茂っている状態であった。そして本件池の西側は、周囲を田に囲まれた小高い丘があって、セミ取りや凧上げに子供が訪れる程度であった。

(4) 被告会社は、昭和四九年八月ころ被告市との間の土地等積交換により別紙図面(一)表示の①③⑤部分の代わりに取得した②④部分を埋立て、本件池の西岸(同図面(二)第一図表示のイ、ロ、ハ、ニ、ホを順次結んだ部分)に同図面(二)第二図表示の逆T字型コンクリート擁壁を設置した。その結果、本件池の水面と右擁壁上部までの高さは約二米、また水深も約二米となり、堤塘上より池中へ転落すれば大人でも自力で脱出不可能な状態となった。被告会社はさらに昭和五〇年二月ころ本件池の西側土地の宅地造成工事を行ない丘を削り取ったため、一面に起伏のない平坦な野原となり、しかも右造成地は本件池に向って下りの斜面となった。

(5) 右造成工事後、近隣の子供たちは造成池端の市道に通じる通路や原告件前路地等から毎日多人数で造成地内へ立入り、土遊びや野球、釣等をして子供らの遊び声の聞こえない日はなかった。

3、被らの責任

(1) 被告会社――民法七一七条一項

被告会社は本件池西岸のコンクリート擁壁、堤塘及び本件造成地の所有者、占有者であるところ、宅地造成及び埋立によって転落すれば大人でも自力脱出の困難な工作物を創り出し、かつ造成地が子供らの格好の遊び場となり頻繁に子供らの出入があったのだから、子供らが堤塘上より本件池内に転落するのを防止するため堤塘上に防護柵等を設置すべき義務ないし客観的状況があった。また被告会社は、宅地造成許可申請手続の事前協議において被告市から、原告方前の出入口とコンクリート擁壁等にそれぞれ柵を設置するよう具体的に指導を受け、また右柵の設置は本件造成工事完了検査済証交付の条件となっていた。しかるに被告会社は右柵を設置しないだけでなく何ら安全対策をとることなく放置していたのだから、堤塘の設置、保存に「瑕疵」があることは明らかである。

(2) 被告市――国家賠償法二条一項

被告市は本件池を所有し、本件池の護岸工事、東岸堤塘上の防護柵の設置及び日常的保守管理費用の負担等の具体的管理行為をしていた。被告市は本件池西岸の堤塘部分を所有するものではないが、右堤塘についても水面部分と有機一体をなすものとしてこれを管理する義務と権限を有していた。そして同被告は、市場区とともに、公の営造物たる本件池の管理者として、本件池及び周囲の状況に照らし、子供らが堤塘上から本件池に転落するのを防止するため防護柵等を設置すべき義務ないし客観的状況があった。しかるに同被告は本件池の東岸に堤塘に沿って鉄パイプ製防護柵を設置したものの、垂直のコンクリート擁壁が設置され危険な構造となった西岸には何らの設備も設けず、これを放置した。

被告市は、等積交換及び被告会社の宅地造成により本件池周辺が極めて危険な状況にあったことを知悉していたのだから、被告会社と協議のうえ本件池西岸の堤塘部分に然るべき防護柵を設置するかあるいは行政指導によって被告会社に防護柵を設置させるべきであった。また見回り、転落防止標識の設置等も考えられるのであって、かかる措置を講ぜず放置していたから、本件池ないし堤塘が通常備えるべき安全性ないし設備を欠いていたことは明らかであり、従って被告市の管理に瑕疵があったというべきである。

4、損害

(1) 逸失利益

馬野明は本件事故当時四才であったから満一八才から六七才まで四九年間就労可能であり、昭和四九年賃金センサスに基づき死亡により喪失した得べかりし利益をホフマン式計算により年五分の中間利息を控除して算出すると、金一八〇八万九〇〇〇円となる(但し生活費は収入の二分の一とする)。

(13万3400×12+44万5900)×1/2×17.677

原告らは各自明の右損害賠償請求権を二分の一ずつ相続した。なお昭和五二年度賃金センサスによると、平均給与額は年二八一万五三〇〇円(一八万三二〇〇×一二+六一万六九〇〇)である。

(2) 慰藉料

原告らは明の死亡はより多大の精神的苦痛を受けたが、これに対する慰藉料は原告ら各自に金五〇〇万円が相当である。

(3) 葬儀費用 各二〇万円

(4) 弁護士費用 各一〇〇万円

5、よって、原告らは被告らに対しそれぞれ各金一五二四万四五〇〇円の損害金と、そのうち弁護士費用を除いた各金一四二四万四五〇〇円に対する本件事故の日である昭和五一年四月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

(被告会社)

1 請求原因1は認める。但し死因は心不全である。

2 同2(1)のうち、被告会社が本件池の西側を埋立て所有していたことは認める。同(4)のうち、埋立の結果水面に向かう傾斜はなくなり、地面と水面の区別ははっきりし、三〇〇〇坪に及ぶ平坦地が出来たことは認めるが、危険な状態となったことはない。

3 同3(1)は争う。民法七一七条には管理の瑕疵は含まれない。

4 同4、5は争う。幼児は親にとって絶対的負担者であり、幼児の死によって一転して大きな所得の源泉と主張されることに社会的な妥当性があるか疑問である。幼児についての生活費控除は一〇割とすべきである。仮にそうでなくても養育費を控除すべきである。

(被告市)

1、請求原因1は認める。

2、同2(1)のうち被告市に関する部分は認める。同(4)のうち被告会社が本件池の西側部分を埋立てコンクリート擁壁を設置したことは認め、宅地造成後本件池に転落すれば大人でも自力脱出不可能な状態となったことは否認する。

3、同3(2)のうち被告市が本件池の東岸の堤塘に沿って鉄パイプ製防護柵を設置したことは認める。

4、同4、5は争う。

三、被告らの主張

(被告会社)

1、本件造成地へ入るには原告方前の巾六〇センチメートルの水路と巾五〇センチメートルの素堀の溝を越え、さらに高さ一・五米の段差の勾配を越えて行かなければならないので、幼児の侵入の余地はない。また擁壁そのものは危険でなく、池に身を乗り出していたずらするか複数で暴れ回っているかしなければ本件池に転落のしようがない。

2、本件池は公開の場所ではなく、危険性も少ないので防護柵設置の義務はない。かえって造成が未完成で池の中間に被告市の所有地があるため防護柵を設置することは好ましくなかった。

3、過失相殺

原告らは自宅に隣接する本件池の危険性に気付かず、子供がいつもどこで遊んでいるかも知らず放置していたことは明らかであり、また明の健康状態を看過した疑いがある。兄健一が一緒に遊び、同人が事故の原因とも考えられる。また原告らは水路に板を渡して本件造成地内に出入しやすくしていた。従って明の死亡の責任の大半はこれら原告らの監護義務違反にあることは明らかであるので損害額の算定につき斟酌すべきである。

(被告市)

1、本件池が国家賠償法二条一項にいう「公の営造物」であるか市の普通財産であるかは疑問である。仮に「公の営造物」であるとしても、本件池の設置、管理には瑕疵はない。本件池の東側や南側には約四米巾の道路や人家があったので高さ一・二ないし一・五米位の柵が設置されていたが、西側は元々田であって、宅地造成前は耕作者以外田ないし本件池に近づく者はいなかったし、池へ人が転落する危険も絶無であった。また本件池の周囲はゴルフ練習場や段差のある土地で距てられ、池へ近づくには原告方の庭の前の溝にかけた板を渡って行くしか方法はなかった。被告会社の宅地造成後は、造成地北側や原告方の庭の前等から造成地内に進入し本件池へ近づくことができるようになったが、右造成地内へ立入り遊んでいたのは、せいぜい原告らを含む数軒の家の子供にすぎなかったと思われる。右の程度であれば、原告方付近や造成地北側等に造成地内への侵入を防止する設備をすれば足りるし、事実本件事故後右の如き措置がとられている。

2、被告会社所有の造成地と被告市所有の本件池の底地との境界は、堤塘の最も池寄りの部分であるが、本件事故については堤塘上に防護柵を設置すべきかどうかの問題は発生しても、さらに池の中にも二重に防護柵を設置すべきであるとは言えない。それは技術的にも著しく不適当であり、池の底地の粘土を破壊するおそれがあって不可能である。本件事故では、本件池の設置、保存の瑕疵ではなく、堤塘のそれが問題と思われる。また本件池は信達市場区が水利権を有していた関係上、池の周囲に柵等を設置して人の接近を阻止するようなことはできなかった。なお本件池の管理は一次的に市場区がしている。

3、被告市は約一〇四の池(私有のものを含めると一六〇)を所有しており、これらに塀を設置したり看視人を置こうとすれば巨額の費用を要するが、そのような予算措置をとることは困難である。被告市は造成工事期間中の事故発生を予防するため、被告会社に適切な指導をしたが、右指導には法的拘束力はなく、また被告会社の説明では、造成開発した時点で柵は設置されるはずであった。

4、過失相殺

原告らは、他人の所有地である本件造成地に立入ることのないよう明を教育し、また原告方付近から右造成地内への立入を防止する施設を設置して本件事故を未然に防止すべきであったのに、右教育をしなかったかあるいは不十分であり、かつ原告らはかえって自宅前の側溝上に板を渡して造成地への立入を容易にした。また明は堤塘上を走る等相当危険な行為をしていたと思われる。従ってこれら原告側の過失は損害額の算定にあたって斟酌すべきである。

四、過失相殺の主張に対する原告らの答弁

原告らには何の過失もない。原告宅は被告会社所有地のすぐ西側にあり、造成後は遮蔽物が除かれてその北方に本件池がむき出しとなる状況が作出されたため、原告らは亡明の遊び場所に関しそれまで以上に注意を払っていた。また原告宅北出入口にある溝にかけられた板は原告が設置したものでなく、従前から本件造成地北側の市道に通ずる道として附近の人達が通行の用に供していたので、原告らにおいて右板をとり除くことはできなかったのである。

第三、証拠《省略》

理由

一、請求原因1は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、馬野明は、母親のミツ子が長女への授乳のため自宅へ入った隙に、務(小学六年生)、兄健一(五才)に連れられて原告方前から本件池西岸まで行き、石を投げようとして足元の石につまずき、別紙図面(二)第一図点から池の中に落ちたことを認めることができる。

二、そこで本件池ないし堤塘の設置、保存(民法七一七条)ないしは設置、管理(国家賠償法二条)に瑕疵が存在するか否かについて検討する。

《証拠省略》によると次の事実が認められる。

(1)  本件池は東西約一五〇米、南北約二四〇米の農業用灌漑用水池で、宅地造成ないし埋立以前は別紙図面(一)表示の形状(横線部分と②④部分)をしていた。本件造成地に該当する土地には、宅地造成前、中央付近に三、四米の丘があってその周囲を田圃や畦道が取り巻き、本件池に近づくにつれてなだらかな斜面となり、池付近の水際まで草木が繁茂していた。そして水際では水面と右土地の地面との間に高低差はほとんどなかった。

(2)  原告方は本件池の約一五〇米西方にあり、その付近には居宅が密集しているが、本件造成地西側から本件池へ近づくことは、右の丘や田圃に阻まれて困難であった。造成地の北側から立入が可能であり、まれに子供や釣人が同土地内に立入ることがあったものの、田圃耕作者以外立入ることはほとんどなかった。原告方前付近(別紙図面(二)第一図表示の「出入口」部分)には巾四六センチメートル、段差二三センチ米の側溝に架けた板があり、ここから本件池へ近づくことは出来ないが、この板を渡り造成地西縁に沿った畦道を通って巾約五米の北側市道へ出ることができた。又本件池の南東方には分譲団地等が広がっている。

(3)  被告会社は昭和四九年八月ころ被告市との間で被告市所有の別紙図面(一)表示の②④部分(本件池底地の一部)と被告会社所有の同図面(一)表示の①③⑤部分とを等積交換して右②④部分を埋立て、本件池の西岸(同図面(一)及び(二)第一図表示のイ、ロ、ハ、ニ、ホを順次結んだ部分)に同図面(二)第二図表示の逆T字型コンクリート擁壁を設置した。さらに被告会社は昭和五〇年二月二六日本件池の西側土地(別紙図面(二)第一図表示の「造成地」)について大阪府の宅地造成許可を受けてそのころ右宅地造成工事に着手し、前記中央部の丘を削り取って田圃に盛土し、四月ころ一面に起伏のない造成地を作り出したが、大阪府の造成完了検査は今に至るも受けていない。被告会社は右造成地に八階ないし一一階建ての分譲マンション三棟を建築する予定で、同年五月ころ大阪府や被告市との間で開発許可等申請の事前協議を行なったが、被告市から要求された開発負担金八七万円や当時のマンション需要の影響もあって、一戸建住宅建築に変更した。しかし、その点の開発許可等の申請は行なわず、本件事故当時まで宅地造成工事未完了の状態で放置していた。

(4)  右埋立及び宅地造成の結果、本件池の西岸はほぼ前記擁壁によって区切られ、右擁壁上部から水面までの高さは水量により一ないし二米となり、水深も右擁壁直下において一ないし二米となった。さらに造成によって造成地西側と本件池の西岸とをさえぎる丘や田圃が無くなったので、原告方前の側溝を渡って真直ぐ造成地を横切り本件池の西岸まで行くことができるようになり、かつ被告会社が宅地造成の際に北側市道から本件池の北方にある樋門(別紙図面(二)第二図表示のC点)付近までの間に巾四・八五米の工事用取付道を設けたので、これらの出入口から近隣の子供達が造成後毎日のように昼から多人数で本件造成地に立入り、とくに造成地内の北側で土遊びや野球、釣等をしていた。また造成地南西にあるゴルフ練習場は、昭和四七年六月二一日開発許可を受けたが、本件事故前すでに廃業しており、事故当時駐車場の東側金網のすき間から造成地内に立入り、本件池西岸に近づくことは可能であった。

(5)  被告会社は本件事故後、本件池の西岸の擁壁付近及び工事用取付道付近に約八〇ないし八二センチメートルの鉄条網を張りめぐらし、取付道付近には立入禁止の標識を設置した。

以上の事実を認めることができる。《証拠判断省略》

三、被告らの責任

1  被告会社

土地の工作物の設置、保存の瑕疵とは、当該工作物の用途、構造、場所的環境及び利用状況並びに危険性の程度、内容等諸般の事情に照らし、当該工作物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうと解すべきところ、《証拠省略》によると、被告会社は別紙図面(二)第一図表示のコンクリート擁壁、堤塘及び本件造成地を所有、占有することが認められるところ、前記認定の事実関係の下では、被告会社は、埋立及び宅地造成並びに擁壁設置によって、それ以前に比べて子供たちが本件池西岸に行く機会が多くなったのに、そこから池の中へ転落すれば生命、身体への危険が容易に予想されるような擁壁を設置したことは否定しがたい。しかるに子供たちが取付道や原告方前から造成地内に自由に立入り多人数遊んでいることが明らかであるにもかかわらず、被告会社は、開発許可等の申請もせず造成未完了の状態で子供たちの出入りするままに任せ、何ら造成地内への立入禁止の措置をとらず、かつ右擁壁からの転落防止柵等も設置しなかったのだから、被告会社の右造成地及び擁壁の設置、保存には瑕疵があったと言わなければならない。

2、被告市

次に営造物の設置、管理の瑕疵と言うも、前記諸般の事情に照らし通常有すべき安全性を欠いていることを意味することは前記判示と同様であるが、《証拠省略》によると、被告市は別紙図面(一)表示の横線部分(。但し②④部分を除く。)と①③⑤部分の所有者であるところ、本件池は農業用灌漑用水池として利用されているもので、被告市及び泉南市信達市場区によって管理されている公の営造物であることが認められる。

そこで検討するに、前掲各証拠によると、被告市は昭和四八年度事業(同年四月から翌年三月まで)で本件池東側の市道沿いに高さ一・二ないし一・五米位の防護柵を設置したが、当時本件池の西岸には田圃や丘等があり人の立入も殆んどなかったので防護柵の設置はしなかったこと、被告会社は、右市場区との間で昭和四九年八月結んだ宅地造成協定の中で、同区と等積交換した土地沿いに境界擁壁を設置することを約束し、前記のとおりコンクリート擁壁を設置したこと、被告会社の埋立及び宅地造成の結果、毎日のように多人数の子供たちが本件造成地内に立入り、擁壁からの転落の危険も増したけれども、被告市は本件池西岸の擁壁及び造成地については何らの所有権ないし占有権を有するものではなく(但し別紙図面(一)表示の①③⑤部分は被告市の所有するところであるが、右各部分の地面と擁壁上部との間には高低差があって右各部分に人が出入し遊んでいたとは認められない。)、また被告市は昭和四九年一〇月ころから度々被告会社との間の宅地造成許可等の事前協議において、被告会社に対し本件池西岸の擁壁部分へ高さ一・五米位の転落防止柵を設置すること、原告方前と前記取付道へ造成地内への立入防止柵を設置すること及びゴルフ練習場からの立入禁止措置を申し入れていることを認めることができる。これらの事実と前記二認定の事実を総合すると、擁壁部分からの転落防止柵の設置及び本件造成地内への立入禁止等の措置は、これらを所有、占有する被告会社の責任であって、これらの措置が講じられれば右擁壁部分からの転落の危険はほとんどなくなると解されるのであるから、被告市に被告会社とともに自己の所有、占有しない擁壁ないし堤塘をその所有占有部分と有機的一体の関係にあるものとして管理する義務があったものと解することはできず、その所有占有にかかる池底、池面の安全性に欠けるところもなく、本件池の管理に瑕疵があったとは言いがたい。従って被告市に対する請求はその余について判断するまでもなく失当である。

四、損害

1、明の逸失利益 一八九一万三九八九円

前記争いのない事実によると、明は本件事故当時満四才の男子であったところ、第一三回生命表によればその余命は六六・六二年であって、本件事故にあわなければ満二〇才から六〇才まで四〇年間は稼働可能であり、右期間を通じ少くとも賃金センサス昭和五一年第一巻第一表の男子労働者の学歴計による全産業男子労働者平均の現金給与額年額二五五万六一〇〇円に相当する収入を得ることができたものと推認される。そして生活費として右全期間を通じて五割と認めるのが相当であるから、これを控除した年間純益は一二七万八〇五〇円となる。そこで中間利息の控除につきホフマン式年別額式計算法を使用して死亡時における逸失利益を算出すると一八九一万三九八九円(円未満切捨)となる。

(16万6300×12+56万0500)×1/2×(26.3354-11.5363)≒1891万3989.75

被告会社は、稼働年令までの養育費は控除すべきであると主張するが、右養育費と幼児の逸失利益との間には、損益相殺の法理又はその類推適用により控除すべき損失と利益との同質性がなく、従って幼児の逸失利益の算定に当り養育費を控除すべきでないと解するのが相当である(最二判昭和四九年七月一九日、同五三年一〇月二〇日、最三判昭和三九年六月二四日)から、被告会社の右主張は採用できない。

原告らが明の両親であることは当事者間に争いがないから、同人の死亡により、原告らはそれぞれ法定相続分(各二分の一)により右逸失利益の賠償請求権を相続した。

2、葬儀費用       各一五万円

亡明の年令、原告らの年令、職業その他諸般の事情を考慮すると、葬儀費用は原告らについて各一五万円と認めるのが相当である。

3、過失相殺

前掲各証拠によれば、原告らは自宅前の側溝にかかった板を渡って本件造成地内に自由に立入りできる状態にあったことを十分知りながら、明らに対して「池付近には近づくな」とは言っていたものの、それ以上明らが造成地に立入らないよう自宅前からの出入を塞ぐ等の措置をとらず、かえって明らを造成地内で遊ばせ、ついには事故当日明らが本件池に近付くことを監護できなかったものであり、また造成の結果自宅のすぐ近くに転落の危険のある擁壁が設置され、転落防止柵もないことを認識していたにもかかわらず何ら被告会社に対し右柵の設置等の申入もしなかったことが認められる。これら原告らの過失も本件事故発生の重大な原因となったことは否定できない。従って損害賠償額の算定にあたってはこれを斟酌するのが妥当であり、その割合は被告会社四割、原告ら六割と認めるのが相当である。

そして前記1、2の合計金一九二一万三九八九円から原告らの過失六割を控除すると、合計金七六八万五五九五円となるので、原告らの損害はそれぞれ、三八四万二七九七円(円以下切捨)である。

4、慰藉料        各六〇万円

本件事故により次男明を失った原告らの精神的苦痛に対する慰藉料としては当該工作物の設置、保存の瑕疵の程度、態様前記原告らの過失その他前掲各証拠により認められる諸般の事情を考慮すると、原告らにつき各六〇万円と認めるのが相当である。

5、弁護士費用      各四〇万円

本件事案の性質、難易その他諸般の事情に照らし、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用としての損害として八〇万円を認めるのが相当である。

五、以上の次第で原告らの請求は被告会社に対しそれぞれ四八四万二七九七円とうち各金四四四万二七九七円に対する本件事故発生の日である四月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求及び被告市に対する請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文同但書九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡村旦 裁判官 将積良子 裁判官古川順一は転任のため署名、押印できない 裁判長裁判官 岡村旦)

<以下省略>

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